東京地方裁判所 平成10年(ワ)25878号 判決 2000年6月15日
原告
X
右訴訟代理人弁護士
本間勢三郎
横山昭
被告
国
右代表者法務大臣
臼井日出男
右指定代理人
小原一人
山口裕志
會澤頼
海貝直之
村上孝文
伊藤滋
志田勝昭
岡田征克
主文
一 被告は、原告に対し、四三〇万円ならびに内金三〇万円に対する昭和六〇年一月八日から支払済みまで年五・七五パーセントの割合による金員、内金一〇〇万円に対する平成二年八月二二日から支払済みまで年五・八八パーセントの割合による金員及び内金三〇〇万円に対する平成三年一二月五日から支払済みまで年五・三五パーセントの割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文と同じ。
第二事案の概要
本件は、原告が被告に対し定額郵便貯金の払い戻しを求めた事案である。
一 争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実
1 A(以下「A」という。)は、被告に対し、左記のとおり、定額郵便貯金をした(争いがない。)。
記
(一) 昭和六〇年一月八日に三〇万円を利率五・七五パーセントで預け入れた(記号四〇三二〇、番号<省略>)(以下「本件貯金①」という。)。
(二) 平成二年八月二二日に一〇〇万円を利率五・八八パーセントで預け入れた(記号四〇三四〇 番号<省略>)(以下「本件貯金②」という。)
(三) 平成三年一二月五日に一〇〇万円を利率五・三五パーセントで預け入れた(記号四〇三二〇 番号<省略>)(以下「本件貯金③」という。)
(四) 同日に一〇〇万円を利率五・三五パーセントで預け入れた(記号四〇三九〇 番号<省略>)(以下「本件貯金④」という。)。
(五) 同日に一〇〇万円を利率五・三五パーセントで預け入れた(記号四〇三九〇 番号<省略>)(以下「本件貯金⑤」という。)。
2 本件貯金③及び⑤は平成六年五月九日に、本件貯金②は同月一三日に、本件貯金①及び④は同月二〇日に、それぞれ解約されているが、いずれも定額郵便貯金証書(以下「証書」という。)の提出により娘のBと名乗る者によって払い戻しの請求がされ、郵便局職員において、証書の作成時に押された証書右上部の印鑑欄の印影と払い戻し時に押されていた証書の受領証欄の印影を対照したところ相異がなく、証書作成時に証書左上部に郵便局職員が記載した預金者氏名と証書の受領証欄に記載された氏名は一致していた(争いがない。)。
3 本件貯金①ないし⑤の払い戻し請求時点においては、郵便局には証書の亡失・盗難の届け出はなされていなかった(争いがない。)。
4 Aは、平成七年二月三日に死亡した(≪証拠省略≫)。
5 C(以下「C」という。)はAの夫であり、原告、D、E(以下「E」という。)及びFはAの子であるが、C、原告、D、E及びFは、平成八年一月二七日、原告が本件貯金①ないし⑤をいずれも取得する旨の遺産分割協議をした(≪証拠省略≫)。
二 争点
1 本件貯金①ないし⑤の払い戻しはAの意思にもとづくものか。
2 被告による本件貯金①ないし⑤の払い戻しは有効か。
三 被告の主張
1 本件貯金①ないし⑤の払い戻しは、いずれもG(以下「G」という。)がAの依頼にもとづいて行った。
2 本件貯金①ないし⑤の払い戻しにあたっては、郵便局職員は、提出された証書により、証書の作成時に押された証書右上部の印鑑欄の印影と払い戻し時に押されていた証書の受領証欄の印影を対照して相違のないことを確認し、郵便貯金法及び郵便貯金規則に定められた手続きを全て履践しており、いずれも郵便貯金法二六条により正当な払い渡しとみなされるから、本件貯金①ないし⑤払い戻しは有効である。
四 原告の主張
1 Gは、Aから証書と届出印鑑を窃取したうえ、本件貯金①ないし⑤の払い戻しを受けた。
2 本件貯金①ないし⑤の払い戻しは、いずれもAの自宅から直線距離で七、八キロメートル離れたところにある郵便局でなされており、しかもわずか一二日間で全て払い戻されるなどしており、郵便局職員は、Gが正当な払い戻し請求権でないことについて疑義を持つべきであったし、現に疑義を持っていた。
第三争点に対する判断
一 前記争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実ならびに証拠(≪証拠省略≫、証人E、同G、原告)によれば、次の事実が認められる。
1 Cは、Gが店舗を探している件で相談に乗っていたが、平成六年四月ころ、店舗兼住宅を貸してやってくれと言って、GをAの下に連れてきた。このとき、GとAは初対面であった。
2 Gは、同年五月九日ころ、Aの居室に侵入し、Aの保管していた実印(かつ本件貯金①ないし⑤の届出印鑑)、本件貯金①ないし⑤にかかる証書及びその他複数の金融機関の通帳を持出した。
3 Gは、Aの住居に近い東吉見郵便局で払い戻しを受けるのはまずいと考え、わざわざ離れた所にあった野本郵便局に赴き、本件貯金③及び⑤については同日に、本件貯金②については同月一三日に、本件貯金①及び④については同月二〇日に、それぞれ証書を提出して払い戻し請求をしたが、その際、応対した郵便局職員H(以下「H」という。)は預入名義人であるAとGの関係を尋ねたので、Gは娘であると答えた。すると、Hは、証書作成時に証書左上部に郵便局職員が記載した預金者氏名と証書の受領証欄に記載された氏名が一致していたうえ、証書の作成時に押された証書右上部の印鑑欄の印影と払い戻し時に押されていた証書の受領証欄の印影を対照しても相違がなく、他にGに不審な行動もみられなかったことから、Gに払い戻し権限があるものと判断し、Gに対してそれ以上に質問を重ねることなく、また、身分証明書類の提示を求めることなどもなく、払い戻しに応じた。
4 Aは、同月二一日の土曜日、自宅を訪れた娘のEに対し、実印がない旨訴えたので騒ぎとなり、Eはその場にやってきた原告とともに、翌日、Aの居室を探したが、実印を見つけることはできなかった。このとき、原告はAのハンドバックの中を調べたが、借用書は入ってなかった。
5 原告は、同月二三日の月曜日、小川信用金庫及び吉見農協に行って預金引き出しの事実がないか確認したところ、引き出しの事実はなく、最後に東吉見郵便局に行って同様に確認したところ、同郵便局では引き出しの事実がなかったが、同郵便局職員が近隣の郵便局についても確認してくると約束してくれたので、帰宅したところ、郵便局から引き出されている旨の電話連絡があった。そしてその後、野本郵便局で収録されていたビデオテープを確認するなどした結果、引き出したのがGであることが判明したので、原告は警察に連絡するとともに、Gと連絡をとるべくGの母親に電話した。
6 その後、Gは、警察署に呼ばれ事情を聴取されたが、その際、Aから借用した旨弁明した。そして、警察署から帰されると急ぎ借用書三通を作成し、A方に持参した。
7 Gは、同月二四日、原告方を訪れ、原告に対し「迷惑をかけた。」旨述べた。その後Gは原告からE方に行くように言われたので、翌日朝E方を訪ねた。
8 Gは、同月二五日、母親とともにC方を訪れて謝罪し、Aの実印と他の金融機関の通帳をEに返した。その後、Gは、原告とEに呼ばれて原告の経営する学習塾「つばさ塾」に行ったところ、Eから本件貯金①ないし⑤が払い戻された経緯について問い質され、Aの証書と実印を無断で持出したことを認めたうえ、働いて返済するし、保証人を立ててもよいと述べた。
二 争点1について
右認定の事実によれば、本件貯金①ないし⑤の払い戻しがAの意思にもとづくものではないことは明らかである。
もっとも、Gは、Aに金銭の借用を申入れたところ、Aは快く応じて証書及び実印を渡してくれたもので、本件貯金①ないし⑤の払い戻しはAの承諾を得て行った旨陳述ないしは証言するけれども、Aから右証書及び実印の交付を受けた状況について述べるGの陳述と証言は重要な部分において相異しているうえ、Gの陳述及び証言によると、その際、Aとの間で借入金額や返済方法については全く話さなかったというのであるが、金銭の借用を申入れた状況としてははなはだ不自然といわざるをえない。しかも、Gの証言によると証書及び実印の交付を受けた時点までGとAは一度しか会ったことがないというのであるから、AがGに対し本件貯金①ないし⑤にかかる証書及び実印のほか複数の金融機関の通帳を任意に交付するなど考えられないことである。したがって、Gの前記陳述及び証言は信用することができない。
三 争点2について
郵便局職員が郵便貯金法所定の手続きに従って払い戻しをしたことによって正当な払い戻しと認められるためには、郵便局職員において過失なく払い戻しに応じたことが必要であるところ、Gは、前記のとおり、Aの娘であると名乗って払い戻し請求をしているのであって、自ら郵便局職員に対し本件貯金①ないし⑤の預入名義人本人ではないことを明らかにしているのであるから、このような場合、払い戻しの請求を受けた郵便局職員としては、身分関係を確認するに足りる質問を続行するなり身分証明書類の提示を求めるなりして、GがAの娘であることを確認すべき義務があったといわなければならない。しかしながら、前記認定のとおり、応対した郵便局職員は、娘であるとのGの申述を安易に信じて、何らこの点を確認するに足りる質問を続行することなく、また、身分証明書類の提示を求めることもなく払い戻しに応じているのであって、右注意義務に違反する過失があったことは明らかである。したがって、Gの払い戻し請求に応じてなされた本件貯金①ないし⑤の払い戻しは有効な払い戻しとは認められない。
第四結論
以上によれば、原告の請求は理由がある。
(裁判官 今岡健)